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日記

観てきた→小林賢太郎演劇作品『うるう』2016.2.20夜公演

ネタバレを意図的にするつもりはないのですが、意図的に隠す配慮もせず感想を書きますのでこれから初めて観に行かれる方は読まないほうが良いと思います。予備知識のないまま作品に触れたほうが楽しめます。少なくとも私はそうでした。

観劇から一日経って、じわり、じわりと私の中の何かが動いているのでこの心の動きを書き留めておきたくて観劇の感想を書きます。
感想というよりも、今の私の感情を軸に感想を書くので作品の内容にはあまり触れないものになるかもしれません。

生で小林賢太郎さんの作品を観るのは初めてでした。公演を知ったときにはチケット販売開始からだいぶ経っており全て売り切れ。(当日券が取れたら観に行こう)とさほど真剣味もなく考えていたところ、ある日e+を覗いたら「一般販売中」となっており、たまたま、本当に偶然、前売りを買えたチケットでした。それくらい、何気なく手に入れたチケットでした。

行き慣れた本多劇場。
舞台がチェロの音とともに静かに始まり、なにか本を読んでいるような、そんな感覚でした。(このひとつ前に観た舞台がウーマンリブの騒々しいハチャメチャコントだったのでなおさら対照的に感じたんだと思います。)

静かに進む物語に時折織り交ぜられる笑いの要素。私はそれがとても心地悪く、(けっこうみんな笑うんだな)と感じていました。なんだろう。その笑いの要素自体は普段聞いたらクスリと笑ってしまうような言葉遊びだったり、小芝居なんだけれど、この物語の中では少し邪魔に感じました。

あと、この衣装は胴回りが太く見えるなとか、このメイクはすごく老けて見えるなとか、そんなことも考えていました。

ヨイチとマジルの交流では、三男がマジルと同じ8歳ということもありときどき三男の姿を投影して観ていました。(8歳のマジルの輪郭はちょっと雑だったように思いますが。)

伏線が回収されていく物語の終盤、(ヨイチが同い年になったマジルと再会するんだな...)ということは気が付きましたが、チェロの音が響く中、ヨイチが森を駆け抜け、青弦さんと正対したとき

ああ!マジルだったのか!

と。とてつもない衝撃というか、やられたというか、そのためにすべてがあったんだなとストンと落ちるものがありました。

三度目くらいのカーテンコールの中で、小林さんがぽつり、ぽつりと『足下の悪い中、たくさんの方にお運びいただきありがとうございました』『この作品はカーテンコールがキツいんです。(頭を手で覆うしぐさで)まだヨイチと小林が半々で』『うまいこと言えなくてすみません』と仰っていたのが印象的でした。

ああ、演じるってそういうことだったんだっけ...と表現者を目指していた頃の自分を思い返していました。二時間、一人であの空間を埋めるんだからそうですよね。

観ていた私もしばらく余韻が残り、うるうの世界から抜け出せずにいました。

以前の私なら、ここでこの役者さん(今回で言えば小林さん)に惚れてしまうんです。この役者さんをもっと知りたい!この人の舞台をもっと観たい!そう思うんです。でも、今回は何かが違いました。

一人で舞台を戦っていた小林さんの姿を見て、私も何かに全力で対峙しなくてはと。今も日常を必死に生きている気になっているけれど、本当にやりたいこと、やるべきことを真剣にやっているかと、なぜだかとても考えさせられました。
観た人の心に何か爪痕を残す、これこそが表現の持つ力なのかなと思います。

私のやりたいこと、やるべきこと、とても気持ちが散らかりすぎていてまだ整理がつきません。でも、それが何なのかをもっと真剣に考えたい、そして行動したい、そういう衝動に駆られています。

そして、その衝動が今この文章を書かせています。文章も散らかりすぎていますが、気持ちとともに少しずつ整理していけばいい...そう思い今は書き散らかしています。

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